趣旨

 生命科学分野においては、今世紀に入って網羅的な分子情報収集が進み,膨大なデータが蓄積されてきている。これらのデータに基づいて生命現象を理論的に理解しようとするとき,二つの方向性が考えられる。

 一つは「膨大なデータを元に低次なレベルから,より高次なレベルへと階層化してゆき,最終的にシステム全体を構築する」という,データ駆動型の“ボトムアップアプローチ ” である。このアプローチは「現行システムで実現されていることが漏れなく定義できる」というメリットの半面,「現状に縛られた構造に収斂しやすい」という懸念を常に抱えることとなる。

 一方で,現象の本質を捉える意図で数理モデルを構築し,現象と数理科学の橋渡しをする“トップダウンアプローチ ” も存在する。この手法の主要部は、「反応拡散系」という切り口で,生命現象の理解を図ろうとするものである。反応拡散の場では,不安定に成長しようとする要因とそれを抑制・制御する干渉作用によって安定性を維持しようとする要因とが鬩ぎあっており,それが生命の一つの本質を捉えているとみなすのである。このトップダウンアプローチは,その研究者が生命現象に対してどのようなメタ認知を持っているかが,決定的に影響する。

 シンポジウムでは,

「生物の個体及び集団レベルでの情報処理過程,認知や記憶,文脈依存的な応答には,内在する様々な時空間スケールの物理化学過程相互の適切な干渉が重要となる」

との認識を基調として、講演とディスカッションを通して“トップダウンアプローチ ”“ボトムアップアプローチ ” 相互の橋渡しする新しい概念や方法論を検討・確立し,生命現象と照らし合わせながら生命システムの階層性の論理を構成することによって,数理生命科学研究における新しい概念の創出を目指したい。

招待講演者

佐竹 暁子(北海道大学 大学院地球環境科学研究院)
長山 雅晴(北海道大学 電子科学研究所)
大林  武(東北大学 大学院情報科学研究科)
森田 善久(龍谷大学 大学院理工学研究科)
二宮 広和(明治大学 大学院先端数理科学研究科)
古澤  力(理化学研究所 生命システム研究センター)
福山 裕子((株)島津製作所 田中最先端研究所)
猪股 秀彦(理化学研究所 発生・再生科学総合研究センター )
粟津 暁紀(広島大学 大学院理学研究科)
楯  真一(広島大学 大学院理学研究科)
中田  聡(広島大学 大学院理学研究科)